書道をやっている人は、手書きが得意だから、ネット関係に不得手だと思われるらしい。
どうも、インターネットやプログラミングと縁がないと思われがちです。確かに、書道関係者でネットやプログラミングが得意という人とお目にかかることは多くない。しかし、いない訳ではない。
私はどちらかと言うと、得意な方ではあるし、知人の書家にも得意な人はいる。
運営している書道教室のきょうほ書院を立ち上げたころ、最初に始めたのはブログだったけど、間もなくして、htmlを手入力してホームページを作成し、そのあとCSSを手入力していた。
あの頃は、プログラミングの記憶がまだ頭の中に残っていたので、ゴールデンウイーク中に8冊のhtmlに関する本を読んで作成したことを今も覚えてる。この10年位は、Wordperssのみなので、そんなに勉強する必要もなく、何とかなっている。
もちろん、プロに依頼した方が良いサイトが出来ることは百も承知だが、こういう作業が昔から、好きなんですよね。
小学生の頃、父が突然、「これをやれ」とドカーンとパソコンならぬ、家庭用コンピューターを買ってきてくれた。当時は、パーソナルコンピューターはまだなかったし、パソコンなんて、言葉すらなかった。だから、コンピューターだった。それが、家庭用の者が販売されたというから、父としては、買わずにいられなかったのかもしれない。ただ、当時は、家庭用コンピューターといっても、使い方の手掛かりとなるものは、英語で書かれたマニュアルしかなかったから、それは、それは大変だった。しかも、そのマニュアルを重ねると当時小学生だった私の身長くらいあって、どうすればいいんだろうと目が点になりそうだった。それでも、不思議と拒絶反応はなく、興味津々だった。コンピューター仲間は、きょうだいしかいなかったので、きょうだいで、四苦八苦しながら、何とかマニュアルに記載された画像を頼りにプログラミングを覚えていったものです。そのうち、何とか触っていくうちに、ゲームらしきものが出来て、今思うと、稚拙なものだが、自分たちでプログラミングをしたゲームをして遊んでは、不具合を見つけて、プログラミングを見直す作業を繰り返しながら、遊んだことを記憶している。
それからというもの、中学生の頃にbasicを組み始め、高校生位に当時は、FortranとかCobol(スペルはあやしい。もう記憶が乏しいww)を組んでいた。父としては、それが大きな狙いだったのかもしれないと、その頃になって、ようやく気が付いた。スペルの記憶がほぼ無いがCobolで経理用のプログラミングをやらされたりしたものでした。
いつの間にか、人より、随分得意なものになってはいたが、当時の私の周りでプログラミングをする人は、大人だけだったので、比較対象がきょうだいしかいなかったと言うのが正しい。
今、ようやく小学生もパソコンを学校でするようになってきたので、受講生でパソコンが得意な人がいると色々と話をしてくれる。
特に、小学校高学年くらいになってくると、親が知らないことができるようになってくるので、かなり得意げな面持ちで話してくれるwww
しめしめ・・・そんなとき私は、こんな顔でパソコンと向き合っている人を装うことにしている。

「へえー」「そーなんだ」と、他人事のように耳に傾ける。
そうすると、大学生あたりの受講生が、得意げに話している小学生に
「先生、書道だけちゃうねんでーパソコンもめっちゃ出来んねんでー」
言わなくてもいいのに~と心の中でつぶやく。
受講期間が長くなると、私のいろんな側面をよく知ってくれていて、解説付きで語ってくれるので、助かるが、得意満面に話していた小学生の表情が驚きと共に陰るように思われてならない( ´∀` )
確かに私にとって、書道も楽しいけれど、書道の次に楽しいことは、パソコンを触ることでもある。
私は、コンピューターをいじる少数派の小学生だったけれど、今は、パソコンが一人一台の時代。これから、どんどんパソコンができる人が増えるだろうか・・・
単にアプリを扱うのが得意だというのだとしたら、かなり寂しい気がする。
そして、パソコンがあるから、手書きしないことと繋がる人ばかりの世の中になるのだとしたら、なんとも情けなく思う。
パソコンでできることと、手書きだからできることは、全く異なるし、それぞれの魅力と楽しみはも異なる。どっちも有りだと思って取り組む人がもっと増えて欲しいと思う。


